「わ~綺麗!」「いい香り!」 ニューオータニクラブラウンジを抜けバラのアーチをくぐると、そこは辺り一面真っ赤なバラで覆われたバラ園が広がる。10年程前から毎年春と秋に家族でこのバラ園に来るのを楽しみにしている。
昨年春ニューオータニの近くを通ったので、ひょっとしてバラが咲いているかも知れないと思い行ってみた。車を降り、ロビーラウンジに足を入れると、その暗たんたる光景に驚愕した。いつもの明るく賑やかで華やかなロビーが真っ暗闇で、かすかにポーターの荷物受付だけが薄っすらと明かりがついている。廊下は真っ暗で、動いているエレベーターは一基だけ。念の為「ニューオータニクラブラウンジはやっていますか?」とスタッフに聞くと勿論お休み。宿泊客もほんの僅かとのことで、「レストランは?」と聞くと宿泊客の為に「SATSUKI」のみ営業しているとのこと。スタッフはいつもの様に丁寧に笑みを浮かべ答えてくれたが、その目には絶望と悔しさがにじみ出ていた。
今回のコロナは、飲食業や宿泊業を集中的に襲った。
確かにウイルス感染拡大を防ぐためには、一時的に人の動きを止め会食や旅行をストップすることも重要である。ニュースでそれらの情報は得ていた。しかし、よく行くホテルやレストランが実際に真っ暗で閑散としたあの状況を見ると、誰が悪い訳でもないけれど、何ともやり切れない気持ちが込み上げてくる。
長年に渡り 慣れ親しんだホテルには、いろいろな場所に その時々の思い出がある。
初めてニューオータニを訪れたのは、ほぼ半世紀前の1973年 まだ私が大学4年生の時だった。将来 夫となる彼と出掛ける直前に、姉から「この子も連れてって」と頼まれ、デートに3歳の姪を連れスカイラウンジに行った。姪はオレンジジュースをストローでチュウ、チュウ音を立てて飲み、「お外が回ってるね」と一人ご機嫌だった。
1975年我々はオータニで結婚式を挙げ、2011年には娘もオータニで結婚式。
家族の様々なイベント、入学や卒業祝い、誕生日、夏のプール、秋のハロウィン、古希の会、等々…、ホテルには、その時々の小さくても大切な思い出が刻まれている。
ワクチン接種が数か月後に始まると言う。コロナがずっと続くことはない。
きっとまた以前のように家族やお友達と、明るく賑やかなロビーを通りレストランに行き、楽しくおしゃべりしながら会食をする、そんな日がまた来る。あのスタッフも今度は「今バラが見頃ですよ!」と心から微笑み 声を弾ませ案内してくれることだろう。そしてバラのアーチをくぐると、「わ~綺麗!」「いい香り!」と皆の明るい笑顔と歓声がまた聞こえてくる。