「錦鯉と私」

 

「ママ、すご~く大きい鯉が沢山いるよ。早く来てごらん」 ニューオータニのお庭の池で優雅に泳いでいる錦鯉を指さしながら小学1年の長男が叫んでいる。
「鯉って何年位生きてるのかな?」横にいる長女。
「鯉は長生きで、お池で大切に飼われている鯉は確か… 70-80年位は生きるんじゃない。100才のご長寿鯉も珍しくないと聞いたことがあるわ」と私。 
「すごいね! ところでニューオータニって、いつできたの?」
「東京オリンピックの時だから…1964年、 と言うことは… 60年近く前かな」
「じゃあ、その時からの鯉がまだ居るかもね」 2人は顔を見合わせながら、その鯉を探すように またのぞき込んでいる。

池の中には沢山の綺麗な錦鯉が輪になって優雅に泳いでいる。その中の1メートル程もある大きな赤と白の錦鯉がゆったりとこちらに泳いできた。口をパクパク開けて私を見つめている。錦鯉はとても人になつく性質を持っていて、飼主などの人の顔も認識できるらしい。ひょっとしたら、この錦鯉は小さかった頃の私を知っているのかも知れない。

1986年5月 連休明けの土曜日、小学校3年生だった私は、授業が終わり家に帰ると急いで昼食を取り、家族と赤坂の迎賓館に向かった。迎賓館の中に入ると暫くしてダイアナ妃ご夫妻がオープンカーで到着され大勢の人々と一緒にお出迎えをした。その後、参列した両親の知人達とニューオータニのガーデンラウンジに行き、美味しいサンドイッチとアイスクリームをお腹一杯食べた。
もう夕方になりラウンジの大きな窓からは、夕陽がお庭の池に反射しきらきら輝いていた。皆でお庭に出て池をのぞくと、綺麗な赤と白の錦鯉がその時も優雅にゆったりと泳いでいた。それがニューオータニに初めて訪れた日だった。
両親が結婚式をニューオータニで行い、オータニがお気に入りだったこともあり、それからは、折に触れよく連れてきてもらった。ホテルが人生の折々のイベントに寄り添ってくれるように、ホテルの池からのぞいている錦鯉も、私達の人生の門出やお祝いをそっと見守ってくれているのかも知れない。

いつも愛情をかけて育てた錦鯉は、飼主の足音で寄ってきて手のひらにのせた餌を食べたり、顔を手にすり寄せて餌をねだったり、頭を撫ぜると気持ちよさそうにしていると言う。いつも両親から愛情をかけ育ててもらった私は、今度はこの大切な2人の子供達にもっともっと愛情を注ぎ成長を見守っていきたい。

「ママ、この大きな鯉、ママの方を見て口をパクパクしているよ。ママのこと知ってるのかな~」
「そうね、ママに話しかけているのかもね。可愛いお子さん達ですねって」
2人の子供と一緒に私は優雅にゆったりと泳ぐ錦鯉をいつまでも眺めていた。